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大阪地方裁判所 平成元年(行ウ)22号 判決 1994年2月18日

原告

植田肇

熊野実夫

川端悦子

伊集院勉

小坂静夫

井上鶴彦

佐久國美

右七名訴訟代理人弁護士

辻公雄

吉川実

桂充弘

阪口徳雄

松尾直嗣

桂充弘訴訟復代理人弁護士

工藤展久

被告

桝居孝

岡崎義彦

右二名訴訟代理人弁護士

辻中一二三

辻中栄世

森薫生

主文

一  被告岡崎義彦は、大阪府に対し、金一一八万五四〇二円及びこれに対する昭和五九年一月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告岡崎義彦に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告らの被告桝居孝に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の二分の一と被告岡崎義彦に生じた費用を被告岡崎義彦の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告桝居孝に生じた費用を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告らは、大阪府に対し、各自一一八万六二五八円及びこれに対する昭和五九年一月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一請求原因

1  当事者

原告らはいずれも大阪府の住民であり、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの間、被告桝居孝(以下「被告桝居」という。)は、大阪府水道企業管理者、被告岡崎義彦(以下「被告岡崎」という。)は、大阪府水道部総務課長の職にあったものである(以下、大阪府水道部を「水道部」ともいう。)。

2  本件各支出

被告らは、別表3ないし10の予算欄記載の金額(合計一一八万六二五八円)を、支出年月日欄記載の年月日に、場所欄記載の店舗ないし債権者に対し、昭和五六年度水道事業会計の(款)水道事業資本的支出、(項)建設改良費、(目)第七次拡張事業費、(節)事務費、(附記)会議費として支出した(以下「本件各支出」という。)。

3  本件各支出の違法性

(一) 本件各支出は、別表3ないし10の年月日欄記載の日に、場所欄記載の店舗において、参加者欄記載の職員を出席者とする会議接待を開催したものとして、その旨の経費支出伺等の書類を作成して行われたものである。

(二) しかるに、右接待はいずれも架空のものであって、経費支出伺も内容は虚偽であり、本件各支出は、真実は、被告ら自身や被告らの部下が費消するため又は第三者が費消するためになされたものであり、違法である。

4  被告らの責任

(一) 被告岡崎は、水道部総務課長として、内部規定により、本件各支出について、専決することを任されていたところ、内容虚偽の経費支出伺等の書類を作成し、正規の会議の開催に関して適法に出金をするかのような体裁を整えて、違法な支出行為を行った。

(二)(1) 被告桝居は、水道企業管理者として、その権限の一部を部下に専決させている場合もこれを履行補助者として用いている関係にあるのであるから、部下職員が行った違法支出について、大阪府に対して損害賠償責任を免れない。

(2) 仮に、(1)のような見解を採れないとしても、被告桝居は、被告岡崎と共謀のうえ、違法支出を行ったものである。

(3) また、被告桝居には、部下職員に対する指揮監督上の義務があるところ、被告桝居が水道企業管理者に就任する前から、大阪府水道部を含む各部局の公金支出に関する杜撰な処理や私費流用及び接待漬け等の事実は、大阪府関係者にとって公知の事実ともいうべき状態にあり、水道部等の地方公営企業の通年事業の工事諸費、事務費及び食糧費等が幹部職員や府議会議員などのツケ回し等の不正使用の財源となっていたことを、同被告においても了知していたはずであり、しかも、同被告が水道企業管理者に就任する前である昭和五四年一一月二六日には、「地方公務員の綱紀の粛正について」と題する自治事務次官通知がなされていたのであるから、同被告は、常に部下職員による予算執行行為を点検し、財務会計上の違法行為が行われることを阻止する義務があったのに、右義務を怠り、これを放置したばかりか、違法な予算執行を認めていた義務違反が存することは明らかである。

5  よって、原告らは、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、大阪府に代位し、被告らに対し、各自一一八万六二五八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月二八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二請求原因に対する認否と反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。但し、別表3記載の支出金額は九万八一四四円であり、別表6記載の支出金額は一九万九九二〇円である。

3  同3(一)の事実は知らない。同3(二)の事実は否認する。

4  同4(一)の事実のうち、一件一〇〇万円未満の予算の執行は、総務課長であった被告岡崎の専決事項であり、本件各支出はいずれも一件一〇〇万円未満であるから、被告岡崎の専決事項に属することは認め、その余は争う。

5  同4(二)の事実は争う。

専決を任された補助職員(本件の場合総務課長である被告岡崎)が管理者の権限に属する財務会計上の行為を専決により処理した場合は、管理者は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右違法行為を阻止しなかったときに限り賠償責任を負うものと解するのが相当である。

そして、被告桝居は、昭和五五年七月一六日に水道企業管理者に就任したものであるが、従前より、監査委員による現金出納検査、定例監査、大阪府議会決算特別委員会において水道部の支出が違法ないしは不適正である旨の指摘は全くなかったのであるから、同被告において、本件各支出について指揮監督権を行使すべき状況になかったというべきであり、被告桝居には指揮監督上の義務違反はなく、本件各支出につき賠償責任を負う根拠はない。

三抗弁

1  大阪府は、平成元年三月二七日、大阪府条例第三号「昭和天皇の崩御に伴う職員の懲戒免除及び職員の賠償責任に基づく債務の免除に関する条例」(以下「免除条例」という。)を公布し、同日施行した。免除条例三条は、「地方自治法(昭和二二年法律第六七号)第二四三条の二(地方公営企業法(昭和二七年法律第二九二号)第三四条において準用する場合を含む。)の規定による職員の賠償責任に基づく債務で昭和六四年一月七日前における事由によるものは、将来に向かって免除する。」と規定している。

2  原告らの被告岡崎に対する請求は、原告らが法二四二条の二第一項四号に基づき、大阪府に代位して、同被告が同法二四三条の二(地方公営企業法三四条)の規定により大阪府に対して負う損害賠償責任を追及するものであるところ、免除条例により、右損害賠償に基づく債務は消滅した。

3  地方公営企業の長である被告桝居も、法二四三条の二第一項に定める職員に該当するから、被告岡崎と同様にその損害賠償に基づく債務は消滅した。

四抗弁に対する認否と反論

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2、3の主張は争う。

(一) 法二四二条の二第一項四号により、住民が代位行使する損害賠償請求権は、民法の不法行為又は債務不履行に基づくものであって、法二四三条の二に基づくものではないから、免除条例によって消滅しない。

とりわけ、被告桝居は、法二四三条の二第一項の職員に含まれず、その地方公共団体に対する賠償責任は民法の規定によるものと解されるから、免除条例の対象とならないことは明らかである。

(二) 免除条例は、公務員等の懲戒免除等に関する法律(昭和二七年法律第一一七号、以下「免除法」という。)三条及び五条に基づき定められたものであるところ、免除法五条は賠償の責任に基づく債務を減免し得るのは、「出納長又は収入役その他法令の規定に基いて現金若しくは物品を保管する地方公共団体の職員」の賠償の責任に基づく債務に限定している。そして、法二四三条の二は、職員の賠償責任について定めるにあたり、職員をいわゆる出納職員等(同条一項前段)と予算執行職員等(同条項後段)に区別しているので、免除法によって賠償の責任に基づく債務を減免し得るのは、出納職員等に限られ、免除法五条に規定されていない予算執行職員等の債務については減免することができないと解すべきである。

そして、本件の被告らは出納職員等ではないから、免除条例によって債務は免除されない。

(三) さらに、免除条例によって免除される債務は、法二四三条の二第三項所定の賠償命令が発せられた債務に限られると解すべきである。

五再抗弁

免除法五条但書は、「本人の犯罪行為に因る賠償の責任に基づく本人の債務」については、減免することができないと規定しているから、免除条例によっても、犯罪行為に因る賠償の責任に基づく本人の債務は免除されない。

そして、本件では、被告らは、虚偽の公文書を作成したり、偽造するなどして、架空の伝票等を作成し、接待していない人を接待したことにして、公務と関係しない府議会議員等の私的な飲食や被告ら自身の私的な飲食に公金を使用したのであるから、被告らの行為は、虚偽公文書作成、公文書偽造、業務上横領、背任などの犯罪に該当するので、被告らの賠償の責任に基づく債務は免除されない。

六再抗弁に対する認否と四記載の原告らの反論に対する再反論

1  再抗弁事実のうち、免除法五条但書の規定は認めるが、その余は否認する。

2四記載の原告らの反論(二)について

原告らは、法二四三条の二第一項後段の予算執行職員等は免除条例の対象とならないと主張するが、同条項は、前段において出納職員等の賠償責任を、後段において予算執行職員等の賠償責任を規定しており、両者を等しく扱っているので、免除条例の適用に限って両者を別異に扱う理由はない。このことは、国家公務員については、「昭和天皇の崩御に伴う予算執行職員等の弁償責任に基づく債務の免除に関する政令」によって、出納職員等のみならず予算執行職員等についても、弁償責任に基づく債務が免除されることとされており、免除条例は国家公務員に関する右規定の趣旨に基づき制定された経過からも明らかである。

免除法五条が出納職員等の債務の免除しか規定していないのは、同法制定当時は、地方自治法が出納職員等の賠償責任しか規定していなかったことによるものである。

3四記載の原告らの反論(三)について

地方自治体の職員に対する損害賠償請求権は、法二四三条の二第一項所定の要件を充たす事実があれば、これによって実体上直ちに発生するものであり、同条三項の賠償命令をまって発生するものではないから、賠償命令の有無にかかわりなく、昭和六四年一月七日前における事由による賠償責任に基づく債務は免除される。

第三当裁判所の判断

一当事者等

請求原因1については、当事者間に争いがなく、<書証番号略>、被告岡崎及び同桝居の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

大阪府水道企業は、同府下の水道事業及び工業用水道事業を行うために地方公営企業法に基づいて設置された大阪府が経営する地方公営企業であり、その業務を執行させるため大阪府に管理者が置かれ(同法七条)、大阪府水道部は、右管理者の権限に属する事務を処理させるために設けられた組織である(同法一四条)。被告桝居は、昭和五五年七月一六日から同五七年四月一日までの間、大阪府水道企業の管理者として、被告岡崎は、同五六年四月一日から同五八年四月三〇日までの間、大阪府水道部の総務課長として在職していた。

二本件各支出の存在と違法性

1  請求原因2の事実(別表3ないし10記載の金額が、昭和五六年一二月二八日に、別表記載の各店舗ないし債権者に対し、昭和五六年度水道事業会計の、(款)水道事業資本的支出、(項)建設改良費、(目)第七次拡張事業費、(節)事務費、(附記)会議費として支出されたこと)は、別表3及び6記載の各店舗に支出された金額の点を除き、当事者間に争いがなく、<書証番号略>によれば、別表3記載の店舗に支出された金額は九万八一四四円、同6記載の店舗に支出された金額は一九万九九二〇円であることが認められる。

2  別表に沿う経費支出伺の存在等

原告らは、本件各支出は、別表記載の年月日、場所において会議接待を行ったものとして、その旨の経費支出伺等の書類を作成して行われたものであるが、右会議接待は架空のものであり、経費支出伺も内容は虚偽である旨主張する。

そこで、まず、大阪府水道部における会議接待費の支出手続及び別表に沿う経費支出伺の存在等について判断する。

<書証番号略>、証人居村洋三(第一、二回)、同堀野敏夫の各証言、被告岡崎及び原告植田肇の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件各支出が行われた会計年度当時、大阪府水道部の事務遂行上必要な関係諸機関等との会議に要する経費は、一般の営業費用である総係費中の会議費として二七〇万余円、第七次拡張事業費の(節)事務費、(附記)会議費として七七一万余円、第七次拡張事業費の(節)工事費、(附記)工事諸費中の会議費(附記の附記)として二四八七万余円が、それぞれ計上されており、事務費中の会議費は、工事にかかわらない一般経費としての会議費用に使用され、工事費中の工事諸費のうちの会議費は、工事に関連して必要となる経費としての会議費、すなわち、地元折衝あるいは関係先との調整などに要する会議費用若しくは接待費又は現場事務所での会議費用などに使用することとされていた。

(二) 大阪府水道部会計規程(昭和三九年大阪府営水道企業管理規程第一号、以下「本件会計規程」という。)及び大阪府水道部事務決裁規程(昭和五三年大阪府水道企業訓令第三号、以下「本件事務決裁規程」という。)等によれば、大阪府水道部における会議接待費の支出事務の手続は、次のとおりである。すなわち、会議接待を開催する場合には、その主催課において、会議接待開催に先立って、会議接待の目的、開催年月日、開催場所、出席者、債権者、経費支出予定額、会計年度及び予算科目等を記載した経費支出伺を作成し、上司の決裁を受けて会議接待を開催し、右開催後、債権者からの請求に基づき、会議接待の主催課の課長が上司の決裁を受けた上で支出伝票を発行し、経費支出伺と債権者の請求書を添付して、金銭出納員に送付し、金銭出納員である会計課長又は会計課長代理が支出伝票を審査した上で支出決定し、小切手を振り出して支払いを行うものとされている。

(三) 本件事務決裁規程は、水道部における事務の円滑かつ適正な執行を確保するとともに、責任の明確化を図るため、事務の決裁に関して必要な事項を定めることを目的として制定されたものであり、これによれば、管理者の権限に属する事務について、最終的にその意思を決定することを「決裁」といい、常時、管理者に代わって決裁することを「専決」というものとされているところ、「一件百万円未満の予算の執行及び義務的かつ軽易な予算の執行に関すること」は、総務課長の専決事項とされている。

したがって、会議接待一件の費用が一〇〇万円未満である場合には、その経費支出伺の決裁及び支出伝票の決裁は総務課長が専決により処理していた(但し、支出伝票の決裁については、総務課長の指定により総務課長代理が専決していた。)。

(四) しかるところ、昭和五七年頃、水道部関係者と思われる氏名不詳の者から、日本共産党大阪府議会議員団の大阪府庁控室に、水道部の会議接待費の支出に関し通報する電話があり、右議員団の事務局員が、大阪市内の喫茶店において、右氏名不詳の者と面接したところ、同人は右事務局員に対し、別表記載の各支出を含む、昭和五六年一〇月及び一一月頃を開催日とする、水道部による会議接待の内容を明らかにした。右氏名不詳の者は、経費支出伺をそのまま書き写したかコピーを取り、これに基づいて右開示を行ったものである。

右事務局員からその報告を受けた府議会議員は、右事務局員をして、右開示中に出席者として名の挙がっていた他府県の公共団体職員の一部に対し、電話等で、開催日とされる年月日に、開催場所において大阪府水道部の接待を受けたか否かについて問い合わせをさせたところ、他府県の関係者はいずれもこれを否定する旨の応答をした。

(五) そこで、日本共産党所属の府議会議員浅野弘樹は、昭和五七年一一月一八日及び同月二四日に開催された大阪府議会決算特別委員会において右疑惑を取り上げて質疑を行い、各会議の日時、場所、支出金額を挙げ、会議に出席したとされている他府県の公共団体職員中には、現実に出席していない者がいる事実を指摘し、右支出が架空名義の接待による違法支出であり、ひいては第七次拡張事業費の工事費中ないしそのうちの会議費から支出された総額二四八七万余円の使途も不明確であるとして、水道部当局者を追及した。これに対して、当局者は、質問された日時場所での会議につき、質問された金額を債権者に支払ったことは認めたが、出席者の氏名は、事柄の性質上答弁を差し控えたいとして明らかにせず、工事の執行に必要な地元折衝あるいは関係先との調整のための会議開催にあてたものであるとの抽象的な答弁を繰り返すに止まった(但し、右委員会では、昭和五六年一〇月一六日から同年一一月二日までに開催されたとされる会議に関する支出について質問され、本件各支出については質問されていない。)。

(六) さらに、昭和五八年一〇月六日に開催された大阪府議会本会議で、日本共産党所属の府議会議員堀野敏夫が、本件各支出を含む支出について、右同様に架空接待の疑いがあるとの質疑を行い、各会議に出席したとされている他の公共団体職員中には現実に出席していないものがいる事実を指摘して追及したが、水道部当局者は、会議接待費は機密的な要素を含んでおり、内容の公開は差し控えたいと答弁した。

(七) 前記(四)記載の氏名不詳の者の開示に基づき、府議会議員の事務局員は、支出についての一覧表を作成しており、本件の別表は、右一覧表に基づき作成されたものである。

(八) 前記(五)の決算特別委員会及び(六)の本会議開催当時の水道企業の管理者であった岩田光利は、府議会議員の追及は、水道部の内部資料に基づく正確なものであったとの認識を有していた。

以上の事実によれば、別表記載の年月日、場所、予算、参加者は、現存した経費支出伺の記載とほぼ一致するものであることが認定でき、この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  別表記載の会議接待の開催

次に、別表記載の会議接待は、現実には行われていない架空のものであるとの原告らの主張につき判断する。

2冒頭掲記の各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件原告らないしその支援者においても、別表記載の他府県の公共団体職員に対して、2(四)に記載したのと同様の調査を行ったが、調査に応じた職員らは、いずれも別表記載の接待に出席したことを否定した。

(二) 昭和五六、五七年頃、水道部において会議接待を行う際、実際の出席者(府議会議員、政府関係機関の幹部等)の名を経費支出伺に記載せず、出席していない他府県の公共団体職員の肩書及び氏名を適当に記載したうえで、会議費の支出を行っていたことが間々あった。また、前記2(二)記載のとおり、経費支出伺は会議接待を開催する前に作成して決裁しなければならないにもかかわらず、会議接待が先行し、事後的に経費支出伺が作成されたことがあり、その際、同一店舗で複数回開催された会議接待を一回の会議接待であるかのように装って経費支出伺及びこれに見合う支出伝票が作成されたこともあった。

(三) 本件において、経費支出伺の決裁の専決を行った被告岡崎は、自分が参加者として名が上がっている会議接待を含めて、別表3ないし10記載の会議接待について記憶がないと供述するのみであり、当時総務課長代理として支出伝票の決裁にかかわった証人居村洋三も、別表記載の事項の正確性について、あいまいな供述をするにとどまっている。

以上の事実が認められるところ、右事実と前記2(四)記載の事実、さらには前記2(五)、(六)記載の決算特別委員会及び本会議における水道部当局者の答弁が暗に架空接待の事実を認めたものとも解されること、仮に別表記載の年月日、場所において、会議接待が行われたものであるとすれば、被告らは、容易にこれを明らかにできるにもかかわらず、これを明らかにしようとしないことをもあわせ考えれば、別表記載の年月日、場所において会議接待が行われたとしても、少なくとも別表記載の参加者中被接待者(参加者欄上段記載)は実際には参加していないと認めるのが相当であり、さらには、複数回にわたって行われた飲食行為につき、事後的にこれを一件として処理した可能性もあるのみならず、このように実際には参加していない被接待者の参加を仮装したこと自体、別表記載の会議接待が全く架空のものであることを強く疑わせるものというべきである。

4 支出手続の違法性

2、3認定の事実によれば、本件各支出に当たり作成された経費支出伺は、少なくとも出席者については、その内容が虚偽であったと認められ、また、開催年月日及び一回当たりの金額についても、その記載が虚偽のものであった可能性が強いということになるところ、本件各支出は、右のような内容虚偽の経費支出伺及びこれに見合う支出伝票に基づき行われたものである。

そもそも地方公共団体が経営する地方公営企業は、常に企業の経済性を発揮するとともに、その本来の目的である公共の福祉を増進するように運営されなければならないのであって(地方公営企業法三条)、その経理は、事業ごとに特別会計を設けて行うこととされ(同法一七条)、地方公営企業は原則として独立採算制によるものとされている(同法一七条の二)。そして、その経営成績を明らかにするために、すべての費用及び収益をその発生の事実に基づいて計上しなければならない(同法二〇条一項)。また、地方公営企業における会計処理は、企業会計原則に基づいて行わなければならないものとされており、地方公営企業は、その事業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を提供しなければならない(同法二〇条三項、同法施行令九条一項)。そして、企業管理者は、業務に関し管理規程を制定することができるが(同法一〇条)、企業の会計事務の処理について会計規程の制定が義務づけられ、右会計規程は、企業の能率的な運営と適正な経理に役立つように定めなければならないとされており(同法施行規則一条)、本件会計規程は、右規則に従って制定されたものである。

前記のとおり、本件では、内容虚偽の経費支出伺及びこれに見合う支出伝票が作成され、これに基づき支出行為が行われたものであるから、本件会計規程が定める前記2(二)の手続に反するものであることはいうに及ばず、前記の地方公営企業法、同法施行令及び同法施行規則に反する違法な処理であることは明らかである。

5 本件各支出に係る飲食行為の内容

そして、実際に、別表記載の店舗で開催された会議接待と称する飲食行為がいかなる目的のもとに、いかなる出席者で行われたかについて検討するに、本件訴訟において、被告らは、経費支出伺、支出伝票などの資料を一切提出せず、また、大阪府水道部も、本訴の証拠保全手続(昭和五八年一一月一五日実施の検証)において、経費支出伺、支出伝票、請求書、領収書等の提示を一切拒んでおり、結局、本件訴訟において、これを証する客観的な資料は一切存在しない。

また、<書証番号略>(被告岡崎及び元水道企業管理者岩田光利ほかを被告とする別件訴訟の第一、二審判決)によれば、被告岡崎及び右岩田らが昭和五七年五月頃に内容虚偽の経費支出伺等の書類を作成して違法支出を行ったとして損害賠償の請求を受けている別件の住民訴訟においては、被告側は、内容虚偽の経費支出伺により会議費を支出して支払いに充てた真実の会議接待について、開催日、出席者及び会議接待の必要性について具体的かつ詳細に主張している。それにもかかわらず、本件訴訟においては、被告らは真実の会議接待の内容につき具体的な主張を一切行っていない。

さらに、本件訴訟において、被告岡崎は、本件各支出について、具体的にいかなる目的のもとに、いかなる出席者で行われたかについては、単に記憶がないと供述するに止まり、昭和五五年四月から同五七年三月まで総務課長代理の職にあり、支出伝票の決裁にかかわった証人居村洋三も、自分が出席したとされる接待について、出席者については記憶がないと供述するに止まり、また、証人飯田昭三(昭和五六年四月から同五八年三月まで水道部会計課長、同年四月から同六〇年三月まで同部総務課長)は、本件各支出について、昭和五八年一〇月に府議会本会議において問題とされた後も、実際の出席者や、支出の適正については調査をしていないと供述し、証人山本達雄(昭和五八年四月から同六〇年三月まで同部会計課長)も、本件各支出の適正についての調査を行ったことはない、と供述している。

しかるに、本件各支出を含む昭和五六年一〇月から同年一一月にかけての会議費の支出について、前記2(五)、(六)記載のとおり、昭和五七年一一月に開催された府議会決算特別委員会及び昭和五八年一〇月に開催された同本会議において、架空名義の接待による違法支出の疑いがあるとして府議会議員の追及を受けたのであるから、水道部としては、右各支出の内容を始め、会議接待の目的、出席者についても調査済みであると思われ、実際、<書証番号略>(右各追及当時、水道事業管理者であった岩田光利の別件訴訟における調書)によれば、右質問の後、岩田は支出内容について調査を命じ、その調査結果も当時は存在したことが認められる。

以上のように、本件訴訟における被告らの応訴態度や、被告岡崎を始めとする元水道部関係者の前記供述は、いかにも不可解といわざるを得ず、真実を隠蔽せんとの意図に出たものとの疑いを禁じ得ない。

被告岡崎は、<書証番号略>(別件訴訟における調書)及び被告本人尋問において、本件を含む会議費の支出について、抽象的に、当時大阪府水道部が行っていた上水道事業の第七次拡張事業の遂行にあたり、政府関係機関の職員や府議会議員等と、会議や接待の機会を持つ必要があったが、経費支出伺に、実際の出席者の氏名を記載すると、迷惑が掛かり、今後の協力が得られなくなる等の理由から、他府県の職員の名を借用したとの趣旨の説明をしている。

しかしながら、本件各支出先である各店舗は、証人居村洋三の証言(第一回)によれば、別表3記載の「白夜」は、いわゆるクラブであることが認められ、その余の店舗についても、その所在場所及び名称から推察するに、料亭、クラブ、スナックの類いの店舗であることが認められ、そもそも会議を開催するにふさわしい場所であるとは到底思えないし、その支出金額も少なからぬものがある。

そして、前記4のとおり、本件各支出の支出手続は、内容虚偽の経費支出伺及びこれに見合う支出伝票に基づき行われているところ、右支出手続は、本件会計規程に反することはいうに及ばず、地方公営企業等の法令に反するほか、後記のとおり、虚偽公文書作成罪、同行使罪にも該当する、公務員としてなすべからざる異常な処理というべきである。右処理につき、被告岡崎は、前記のとおり被接待者の個人名を経費支出伺に記載すれば、被接待者に迷惑が掛かる等と述べるが、真実正当な目的の会議接待を行っているのであれば、内部文書である経費支出伺に真実を記載することにいかほどの差し障りがあるというのか到底納得し難いところであり、会議に名を借りた単なる酒食の提供が行われていた可能性を払拭できない。

以上の、被告ら及び水道部の本件訴訟に対する態度、会議接待を行ったと称する店舗の性格、支出手続の異常さ等に鑑みれば、的確な反証がない限り、本件各支出は、大阪府水道企業の経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用として支出されたものではないと推定すべきである。

そして、本件において、被告らは、本件各支出にかかる会議接待の目的すら具体的に明らかにせず、出席者についても、その個人名を開示するかどうかはともかくとして、支出の正当性を判断しうる程度の人物像を明らかにすることはもとより可能であると考えられるのに、これも行わず、右疑念を払拭しようとしないのであるから、結局、右推定を左右するに足りる証拠はないといわざるを得ない。

6 以上のとおり、本件各支出は、その支出手続において違法であり、しかも、その使途においても違法な支出に当たるというべきである。

三被告らの責任

1  被告岡崎の責任

前記二2(二)、(三)記載の支出手続、<書証番号略>及び被告岡崎の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告岡崎は、一件一〇〇万円未満の予算の執行及び義務的かつ軽易な予算の執行に関することにつき専決権限を有しており、本件各支出の基礎となった、内容虚偽の経費支出伺を部下に命じて作成させて、みずからその決裁を専決し、さらにこれに見合う支出伝票を作成させたこと、その後、会計課長又は会計課長代理の審査を受けて、本件各支出が行われたことが認められる。

したがって、被告岡崎は、本件各支出について、支出負担行為及び支出命令を行ったことになるので、右違法な支出によって大阪府が被った損害を賠償する責任を負う。

2 被告桝居の責任

(一)  前記二2(二)、(三)記載のとおり、被告岡崎は、予算の執行について一定の範囲で専決権限をゆだねられているところ、地方公営企業の管理者が、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、その権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させることとしている場合であっても、地方公営企業法上、右財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている以上(同法八条、九条)、右財務会計上の行為の適否が問題とされている当該代位請求住民訴訟において、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するものと解すべきである。そして、右専決を任された補助職員が管理者の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合は、管理者は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体に対し、右補助職員がした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である。けだし、管理者が右訓令等により法令上その権限に属する財務会計上の行為を特定の補助職員に専決させることとしている場合においては、当該財務会計上の行為を行う法令上の権限が右補助職員に委譲されるものではないが、内部的には、右権限は専ら右補助職員にゆだねられ、右補助職員が常時自らの判断において右行為を行うものとされたのであるから、右補助職員が、専決を任された財務会計上の行為につき違法な専決処理をし、これにより当該普通地方公共団体に損害を与えたときは、右損害は、自らの判断において右行為を行った右補助職員がこれを賠償すべきものであって、管理者は、前記のような右補助職員に対する指揮監督上の帰責事由が認められない限り、右補助職員が専決により行った財務会計上の違法行為につき、損害賠償責任を負うべきいわれはないものというべきだからである(最高裁平成二年(行ツ)第一三七号同三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集四五巻九号一四五五頁)。

原告らは、管理者が、その権限の一部を補助職員に専決させている場合には、これを履行補助者として用いている関係にあるのであるから、右補助職員が行った違法な行為について当然に責任を負う旨主張するが、右に説示したとおり、右見解は採用できない。

(二) 原告らは、被告桝居が、被告岡崎と共謀のうえ、違法行為を行った旨主張するが、本件全証拠によっても、右共謀の事実ないし被告桝居が本件各支出に関与した事実を認めるに足りない。

(三)  そこで、被告桝居に、指揮監督上の帰責事由が存するか否かについて検討する。

<書証番号略>、証人居村洋三の証言(第一、二回)、被告桝居及び同岡崎の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  前述のとおり、一件一〇〇万円未満の予算の執行及び義務的かつ軽易な予算の執行に関することは総務課長の専決事項とされており、会議、会食や接待の費用は通常一件一〇〇万円未満であるため、その経費支出伺の決裁は、総務課長が専決していた。なお、本件事務決裁規程によれば、専決事項のうち、議会に付議すべき事項については管理者の、特命のあった事項又は特に重要若しくは異例と認める事項については上司の決裁を受けなければならないと規定されているが、右経費支出伺の決裁は、右規程の事項に該当しない。また、同決裁規程によれば、専決した者は、必要があると認めるとき、又は上司から報告を求められたときは、その専決した事項を上司に報告しなければならないと規定されているところ、被告岡崎から被告桝居に対して、会議等の経費支出伺の専決に関して報告がなされたことはなかった。

(2)  被告桝居が管理者に就任する以前及びその在任中において、監査委員による定例監査、現金出納検査、府議会決算特別委員会等で、水道部の公金支出が違法ないし不適正であるとの指摘がなされたことはなく、前記二2(五)記載のとおり、被告桝居が管理者を退任した後である昭和五七年一一月一八日に、府議会議員が、昭和五六年度水道事業会計の会議費について違法支出の疑いがあるとして水道部当局者を追及したのが、疑惑が指摘された最初のことであった。

(3)  被告桝居は、国家公務員上級職として自治省に入省し、本省勤務のほか、神奈川県、鹿児島県の幹部職員を経験するなどした後、昭和四〇年五月頃、大阪府の職員となり、教育委員会教職員課長、同人事課長、企画部参事、企画室長、理事兼企画室長、民生部長、教育長といった要職を経た後、昭和五五年七月一六日に水道企業管理者に就任し、同五七年四月一日まで在職した。被告桝居は、右経歴を通じて庶務的な仕事に従事したことがなかったこともあり、管理者に就任後も、会議、会食や接待の際に要した費用の支出手続が具体的にどのようにしてなされているかを知らなかった。

(4)  また、被告桝居は、管理者として、水道部の職務に関して、庁舎外で第三者と会食したり接待を行う機会は比較的少なく、被告桝居以外の水道部の職員が行っていた接待の相手方やその内容の詳細は知らなかった(なお、前記二2記載のとおり、別表6、7の接待につき、経費支出伺上は被告桝居も出席したかのように記載されていたものと認められるが、被告桝居の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告桝居が右接待に出席したものとは認められない。)。

以上の事実を総合すれば、被告桝居は、被告岡崎が、水道企業の経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用ではない支出について、内容虚偽の経費支出伺を作成して支出手続を行なうことを知らず、かつ、これを知り得る状況になかったというべきである。したがって、被告桝居には、被告岡崎が右財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務違反はなかったというべきである。

原告らは、被告桝居が管理者に就任する前から、大阪府水道部を含む各部局の公金支出に関する杜撰な処理や私費流用及び接待漬け等の事実は、大阪府関係者にとって公知の事実であったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

また、原告らは、同被告が管理者に就任する前である昭和五四年一一月二六日には、「地方公務員の綱紀の粛正について」と題する自治省事務次官通知がなされていたことを理由として、同被告は、常に部下職員による予算執行行為を点検し、財務会計上の違法行為が行われることを阻止すべき義務があり、右義務に違反したと主張する。

たしかに、<書証番号略>によれば、地方公務員の綱紀の粛正について、昭和五四年一一月二六日付で、各都道府県知事あてに自治事務次官通知(自治公一第四六号)がなされ、右通知には、「官庁綱紀の粛正について」と題する別紙が添付されて、「不正経理の根絶について」との表題のもとに、カラ出張、不当な価格による物品購入等予算の違法・不当な執行の根絶を図ること等の措置をとること、「官公庁間接遇等の自粛について」との表題のもとに、官公庁間の接待及び贈答品の授受は行わないことはもとより、官公庁間の会議等における会食についても必要最小限度にとどめるとの措置をとることがそれぞれ要請されたことが認められる。そして、<書証番号略>によれば、右通知は、宛先である各都道府県の関係機関に対しても通知の趣旨を周知徹底させることを求めている。

しかしながら、右通知は、自治大臣の補助機関が地方公共団体に対して行った助言、勧告(法二四五条一項参照)の性質を持つものであると解されるところ、<書証番号略>によれば、右通知は、政府において国家公務員の綱紀粛正を求める申し合わせが行われたことから、地方公共団体の職員及び関係機関の職員についても、国家公務員に準じた綱紀粛正の措置を執ることを周知徹底せしめるべく行われたものであり、あくまで、一般的な助言、勧告の性格を越えるものではなく、右通知の存在によって、直ちに、水道企業管理者に、具体的に知り得る状況になかった補助職員の違法行為について、これを点検のうえ阻止すべき義務が発生するものと解することはできない。

以上のとおり、被告桝居は、被告岡崎がした違法行為により大阪府が被った損害につき賠償責任を負わないというべきである。

四免除条例による債務の免除の有無(抗弁及び再抗弁)

1  大阪府が、平成元年三月二七日、大阪府条例第三号(免除条例)を公布し、同日施行したこと、免除条例三条は、「地方自治法(昭和二二年法律第六七号)第二四三条の二(地方公営企業法(昭和二七年法律第二九二号)第三四条において準用する場合を含む。)の規定による職員の賠償責任に基づく債務で昭和六四年一月七日前における事由によるものは、将来に向かって免除する。」と規定していることは当事者間に争いがない。

2  そこで、前記のとおり、被告岡崎が大阪府に対する賠償責任に基づき負う債務が、免除条例によって免除されるか否かについて検討する。

(一) 被告岡崎に対する請求権の実体法上の根拠

本件において、原告らの被告岡崎に対する請求は、同被告が財務会計上の違法行為をして大阪府に損害を与えたので、大阪府の住民として地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、大阪府に代位して、同被告に対し右損害の賠償を請求するものであるところ、同法二四三条の二の規定は、同条一項所定の職員の行為に関する限りその損害賠償責任については、民法の規定を排除し、その責任の有無又は範囲は専ら同条一、二項の規定によるものとしていると解すべきであるから(最高裁昭和五八年(行ツ)一三二号同六一年二月二七日第一小法廷判決・民集四〇巻一号八八頁)、被告岡崎(一定範囲の予算執行権限を有し、同条一項後段所定の職員に該当する。)も、その賠償責任を、法二四三条の二の規定によってのみ負うこととなる。原告らは、本件訴訟において原告らが代位行使するのは、被告岡崎に対する不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償請求権であると主張するが、右見解は独自のものであって採用することはできない。

(二) 免除条例の対象となる職員

原告らは、免除法五条の規定が、「出納長又は収入役その他法令の規定に基いて現金若しくは物品を保管する地方公共団体の職員」につき、賠償責任に基づく債務が減免され得ると規定しているところから、免除条例三条によって債務が免除されるのは、法二四三条の二第一項前段に規定する出納職員等に限られ、同項後段の予算執行職員等については、債務は免除されないと主張する。

しかしながら、法二四三条の二の沿革は、昭和二二年法律第六七号による法制定に際し、旧法制において存した吏員の地方団体に対する公法上の賠償責任の制度を採用せず、普通地方公共団体の職員の賠償責任についてはすべて民法の規定により処理することとして、これに関する特別の規定を設けなかったところ、昭和二五年法律第一四三号による法の一部改正により、出納長又は収入役その他普通地方公共団体の職員が法令の規定に基づいて保管する現金又は物品を善良な管理者の注意を怠り亡失又はき損した場合には、当該地方公共団体の長は監査委員の監査の結果に基づき期限を定めてその損害を賠償させなければならないものとする規定(旧二四四条の二)が法に新設されることとなった。そして、右規定は、昭和三一年法律第一四七号による法の一部改正により副出納長又は副収入役、出納員、分任出納員その他出納事務を掌る職員の行為についても適用されることとなり、さらに、昭和三八年法律第九九号による法第九章の全文改正により現行二四三条の二の規定として整備されるに至ったものであるが、その際、責任発生の要件が限定されたほか、国の制度である予算執行職員等の責任に関する法律(昭和二五年法律第一七二号)にならい、支出負担行為、支出命令、支出若しくは支払、監督若しくは検査の権限を有する職員又はこれらの事務を直接補助することを命じられた職員の行為が新たに同条一項の賠償責任の対象として加えられることになったものである。

以上の立法の経緯に照らせば、免除法が制定された昭和二七年当時、法は、昭和二五年法律第一四三号による法の一部改正により、出納長又は収入役その他法令の規定に基づいて現金又は物品を保管する普通地方公共団体の職員の賠償責任について規定するに止まっていたので、免除法五条もこれを前提として、右職員の債務の減免についてのみ定めたものと解され、一方、国等の職員については、すでに昭和二五年に予算執行職員等の責任に関する法律が施行され、予算執行職員等についても弁償責任を課すこととされていたため、免除法四条において出納職員等のみならず予算執行職員等についても弁償責任を減免し得ると定められたものと解される。

そして、恩赦の一環として弁償責任ないし賠償責任に基づく債務の減免を行い得る趣旨は、国等の職員と地方公共団体の職員との間に差異がないと解されるから、その後の法改正によって、予算執行職員等についても法が賠償責任を規定するに至った以上、国等の職員と同様、出納職員等のみならず予算執行職員等についても賠償責任に基づく債務の減免をなし得ると解するのが相当であり、免除法五条は、その文言にかかわらず右のように解釈すべきである。

以上のとおり、免除条例は、法二四三条の二第一項の前段・後段の職員を区別することなく、同項所定の職員の同条の規定による賠償責任に基づく債務を免除するものと解するのが相当である。

したがって、予算執行職員である被告岡崎は、免除条例により債務が免除され得る職員に該当する。

(三) さらに、原告らは、免除条例によって免除される債務は、法二四三条の二第三項所定の賠償命令が発せられた債務に限られると主張する。

しかし、同条三項の賠償命令は、当該地方公共団体が損害を被った場合に、簡便な責任追及の方法を設けることによって損害の補てんを容易にしたものに過ぎず、当該地方公共団体の当該職員に対する損害賠償請求権は、同条一項所定の要件を充たす事実があればこれによって実体法上直ちに発生するものと解するのが相当であり、同条三項に規定する長の賠償命令をまって初めてその請求権が発生するとされたものと解すべきではない(前掲最高裁昭和六一年二月二七日第一小法廷判決)。したがって、免除条例によって免除される法二四三条の二の規定による職員の賠償責任に基づく債務も、賠償命令を経た債務に限定されるものではなく、原告らの右主張には理由がない。

(四) 免除法五条但書該当性

(1) 以上のとおり、被告岡崎が大阪府に対して負う賠償責任に基づく債務は免除条例三条に規定する債務に該当するが、免除法五条但書が、「本人の犯罪行為に因る賠償の責任に基く本人の債務については、この限りではない。」と規定しているので、右但書に該当する債務については、免除条例により免除されないこととなる。

そこで、まず、被告岡崎の行為が犯罪行為に該当するか否かを検討する。

前記二及び三1で認定したとおり、被告岡崎は、水道部総務課長であったところ、大阪府水道事業会計から別表記載の店舗に対し会議費名下に金銭を支出せしめるため、遅くとも昭和五六年一二月二八日までに、行使の目的で、自己の作成権限に属する経費支出伺に、部下に命じて、少なくとも参加者中被接待者については内容虚偽である、おおむね別表記載のとおりの記載をなさしめ、自らこれを決裁して、右経費支出伺に見合う支出伝票とともに会計課長又は会計課長代理に送付して行使したのであるから、その職務に関し行使の目的をもって虚偽の公文書を作成し、これを行使したことになり、右行為は虚偽公文書作成罪(刑法一五六条)及び同行使罪(同一五八条一項)に該当することが認められる。

また、本件各支出は、大阪府水道企業の経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用として支出されたものではないことが推定されることは前記二5記載のとおりであるところ、右被告岡崎の行為が、横領罪、業務上横領罪、背任罪に該当するかどうかが問題となる。

地方公営企業法は、地方公営企業の業務に係る出納は、管理者がこれを行うこととし(地方公営企業法二七条)、地方公営企業を経営する地方自治体に、当該地方公営企業の業務に係る出納その他の会計事務をつかさどらせるため、企業出納員及び現金取扱員を置き(ただし、現金取扱員は置かないことができる。同法二八条一項)、企業出納員は、管理者の命を受けて、出納その他の会計事務をつかさどる(同条二項)と定めている。そして、本件会計規程は、企業の業務に係る出納その他の会計事務は、管理者の命を受け又は委任により、企業出納員(金銭出納員及び物品出納員)がこれを行い(同規程五条一、二項)、金銭出納員は、会計課長及び会計課長課長代理をもって充て、企業の金銭の出納保管又はこれを伴う会計事務を処理する(同規程一八条一、二項)と定めている。

したがって、大阪府水道企業の金銭の保管は、管理者並びに金銭出納員である会計課長及び会計課長代理が行うものと認められ、被告岡崎には右金銭に対する占有はないと解すべきである。横領罪、業務上横領罪は、自己の占有する他人の物を横領する行為を内容とするから、同被告には横領罪、業務上横領罪の成立する余地はない。

次に、被告岡崎は、管理者から、一件一〇〇万円未満の予算の執行等につき、専決事項として、予算執行の権限をゆだねられているのであるから、背任罪(刑法二四七条)の要件である、「他人ノ為メ其事務ヲ処理スル者」に該当する。しかし、「任務ニ背キタル行為」(背任行為)をしたとの事実についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

すなわち、前記二5記載のとおり、本件においては、個々の飲食の目的、出席者及び一回当たりの支出額について、これを認めるに足りる証拠が存在しないのであるから、本件各支出に係る接待の中には、大阪府水道企業の事務を遂行し、対外的折衝等を行う過程において、社会通念上相当な範囲にとどまると解される程度の接遇に該当するものが含まれている可能性もないとはいえないと解されるところ、右のような接遇に要した経費は本来水道企業の経費によって賄われるべき性質のものであるから、そのような経費の支出行為は、支出手続上の違法を犯した点はともかくとしても、刑法上の背任行為に該当しないと解される。たしかに、前述のとおり、損害賠償義務の要件である本件各支出の違法性の判断においては、本件各支出は、大阪府水道企業の経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用として支出されたものではないことが種々の間接事実から推定され得るとしても、犯罪事実の認定は、合理的な疑いをさしはさむ余地の無い程度の証明が必要であると解されるので、本件各支出の中に、右のとおり背任行為に該当しない経費の支出が含まれている可能性を排除できない以上、背任行為の成立の認定においては合理的な疑いが残存せざるを得ず、これを認めることはできないと解すべきである。

また、被告岡崎は、内容虚偽の経費支出伺を作成して、これを行使し、真実その内容どおりの会議接待が行われたと誤信した金銭出納員をして支出を行わしめたのであるから、詐欺罪についてもその成立を検討しておくと、前述のとおり、犯罪事実の認定としては、本件各支出の中に、本来水道企業の経費によって賄われるべき性質のものが含まれている可能性があるから、被告岡崎において財物を騙取したと認定することはできない。

その他、本件各支出に関する被告岡崎の行為について成立する犯罪はない。

(2)  以上のとおり、本件各支出に関し、被告岡崎には、虚偽公文書作成罪及び同行使罪が成立することが認められ、その余の犯罪についてはこれを認めることはできない。

そこで、前記のとおり被告岡崎が大阪府に対して負担する賠償の責任が、「本人の犯罪行為(すなわち虚偽公文書作成罪及び同行使罪)に因る賠償の責任」に該当するか否かについて検討する。

免除法五条但書が、本人の犯罪行為による賠償の責任に基づく本人の債務を減免の対象から除外した趣旨は、出納職員等及び予算執行職員等は、地方自治体の財政を直接執行する重大な責任を有する者であるため、特に特別の義務と責任が課されているところ、出納職員等、予算執行職員等なるが故に課された義務の限度までは減免することはできるが、万人の行うべからざる行為である犯罪行為に該当するような行為による賠償の責任に基づく債務についてまでこれを減免することは適当な措置といえないからであると解される。

右の趣旨からすれば、「犯罪行為に因る賠償の責任」とは、犯罪行為そのものによって地方自治体に損害を与えた場合(たとえば、業務上横領や背任等に該当する場合)のみならず、犯罪行為と賠償の責任との間に直接的な因果関係が存在する場合をも含むと考えるべきである。けだし、このような場合にも、債務を免除することは、出納職員等、予算執行職員等に、それ以外の者以上の恩典を与えることとなり、適当とはいえないからである。

以上の見地から、本件を見るに、本件各支出が違法であって、被告岡崎が賠償の責任を負うのは、水道企業の経営に必要な正当な目的の会議や接待の費用ではないと推定される費用を、内容虚偽の経費支出伺を作成させて、自らその専決をし、右経費支出伺を利用して、金銭出納員をして支払いをなさしめたからである。そうすると、被告岡崎が犯した虚偽公文書作成罪及び同行使罪は、本件各支出が行われるについて中核的な手段と評価することができ、右犯罪行為を抜きにしては、被告岡崎の賠償の責任は考えられない場合に相当する。したがって、被告岡崎の右犯罪行為と被告岡崎の賠償の責任との間には直接的な因果関係が存在するというべきであり、被告岡崎の賠償の責任は、免除法五条但書所定の「犯罪行為に因る賠償の責任」に該当するというべきである。

(3) 以上のとおり、被告岡崎の法二四三条の二第一項(地方公営企業法三四条)に基づき、大阪府に対して負う損害賠償義務は、免除条例によって免除されない。

五損害

本件各支出金額は、前記二1記載のとおりであって、別表4、5、7ないし10については、別表記載のとおりであり、別表3の支出は九万八一四四円、別表6記載の支出は一九万九九二〇円である。別表6記載の支出にかかる損害については、原告らの請求額(一一万九九二〇円)が、右支出額を下回るので、その限度で認めることとして、以上の支出額を合計すれば、一一八万五四〇二円となり、大阪府は被告岡崎の違法行為により、右同額の損害を被ったこととなる。

六結論

そうすると、原告らは、法二四二条の二第一項四号に基づき、大阪府に代位して、被告岡崎に対して、一一八万五四〇二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め得るから、右請求の範囲でこれを認容することとし、被告岡崎に対するその余の請求及び被告桝居に対する請求には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九二条但書を適用し、仮執行宣言の申立てについては相当でないからこれを却下することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官小野憲一 裁判官井田宏)

別表架空接待一覧表<省略>

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